「徹夜」  藤次郎と玉珠がコンビを組んで仕事をしていたある日、たまたま玉珠が見つけた装置の 不具合が、致命的な欠陥である事になることがわかり、装置の設計者である藤次郎が原因 を探り、改修する事になった。  「どう?藤次郎。なおりそう?」  「うーーーん」  測定器をにらめっこしている藤次郎の横から覗き込む玉珠を尻目に藤次郎は頭を抱えて しまった。  「不具合の現象の絞込みができない。こりゃぁ、時間がかかるなぁ…」  藤次郎は玉珠に向き直ると肩をすくめた。  「手伝うことある?」  首を少しかしげて聞く玉珠に対して藤次郎は申し訳なさそうに  「うん…ありがとう。現象を絞り込みたいから、ちょっとソフトウェアいじってくれる かな?」  「いいわよ」  玉珠は、藤次郎の知りたいデータを取る仕組みをソフトウェアに組み込んだり、測定器 を操作したりして、藤次郎を手伝った。それでも、なかなか不具合の原因が突き止められ ず、二人で四苦八苦していた。結局、終電間際になって、  「お玉。こいつは時間がかかるから今夜は帰っていいよ」  「でも…」  心配してくれている玉珠がいじらしく思う藤次郎であったが、  「一晩で直らないかもしれないし…帰って寝てきな」 と、藤次郎は玉珠を安心させようと顔だけは作り笑いで言った。そのつくり笑顔に安心し たのか、それともだまされたふりをしたのかは解らないが、玉珠は一息つくと、  「じゃぁ、明日朝食を差し入れしてあげる。サンドイッチだけどいい?」 と、明るく言った。  「うん。ありがとう」  藤次郎が本当にうれしそうに答えると、  「じゃ、帰るわね」 と言って、玉珠は名残惜しそうに帰宅の途についた。  それからまもなく、藤次郎は装置の不具合の原因を突き止めることができたが、修理に 時間がかかり、結局徹夜になってしまった。  翌朝、藤次郎の会社で誰も出社していない時間から早々に玉珠がやってきて、装置の前 で転寝をしている藤次郎を見つけて起こした。  「お玉。おはよう…」  寝ぼけ眼で藤次郎は玉珠を見上げた。  「徹夜したの?」  「うん」  上から覗き込むように聞いた玉珠に対して、藤次郎は呻くように答えた。  「で、どうなったの?」 と言いながら、玉珠は装置の方に目を移した。  「直ったよ。もう使えるよ」  藤次郎は得意げに、装置をポンポンと叩いて言った。  「そう…直って、良かったね」  「お互いにね」 と、言って藤次郎と玉珠は顔を見合わせて笑った。  「あっ、そうそう…朝食の差し入れ持ってきたわよ…ジャーーン」 と言いながら、玉珠は思い出したように紙袋から包みを取り出して、得意げに藤次郎の目 の前にぶら下げて言った。  「ありがと」 と、言って藤次郎は玉珠から包みを受け取ると、早速包みを開けて  「おっ。こりゃぁ美味しそうだ」 と、言うまもなく藤次郎は玉珠の作ったサンドイッチをほうばった。  「どう?」  「うん、美味しい」  藤次郎の満足げな表情に玉珠は得意になった。夢中になってサンドイッチをほおばる藤 次郎の横顔を観ながら、  「コーヒー買って来るね」  「ありがとう」  玉珠は藤次郎のためにコーヒーを買いに走った。玉珠が戻ってくると、がっついた藤次 郎がサンドイッチを喉に詰まらせているのを見つけて、  「あら、大変。ほら、コーヒー…早く早く」 と言って、玉珠は慌てて藤次郎にコーヒーを渡した。藤次郎は一気にコーヒーを飲もうと するのだが、熱くてなかなか飲めない。玉珠は「しまった」と思いながら、むせる藤次郎 の背中を叩いた。  ようやく落ち着き、コーヒーを冷ましながら飲み込む藤次郎の徹夜明けの髭面をしげし げ眺めながら  「へぇーー、一日剃らなかっただけで、こんなにのびるんだぁ…」 と玉珠は今更ながら言った。そして、  「ちょっと触っていい」 と言いながら、玉珠は藤次郎の顎を撫でた。  「わーー、ジョリジョリ…」 と言って笑った玉珠に対して、  「こうしてやる」 と言って、藤次郎は玉珠を抱きすくめると、玉珠の頬に顎を摺り寄せた。  「きゃーー、イタイイタイ」 と言いながらも玉珠ははしゃいでいたが、あんまり、藤次郎がしつこくするので、  「藤次郎、本当に痛いよ」 と、突然まじめに言ったので、藤次郎は驚いて顔を離した。  その時、運悪くまた珍しく上司の幸子と後輩の景子がそろって出社してきた。藤次郎と 玉珠が抱き合っている光景を観て、二人とも驚き、続いて  「あーーーっ、みーちゃった。朝から二人でなにしてるんですか!」 と、景子は藤次郎と玉珠を指差して言い、  「あらあら…おあついことで…」 と、幸子は両手を腰に付けて半分呆れ顔で言った。  肝心の藤次郎と玉珠は、驚いて抱き合ったまま固まってしまったが、すぐに我に返って 離れてお互い背を向けて赤くなってうつむいてしまった。  幸子はしばらく二人と装置を見比べてから、おもむろに  「…で、結果はどうなったの?」 と、報告を求める幸子に対して、藤次郎は  「なんとか、治しました…一晩かかりましたが…」 と、疲れた表情を隠さずに言った。  「結局、徹夜したのね…」 と、責めるような口調になった幸子に対して、  「はい」 と藤次郎は返事をした。  「…まさか、二人で?」 と、わざとらしく驚いている幸子に対して、  「ちっ、違いますよぅ。お玉…いえ、橋本さんは終電間際に返しました」  藤次郎は必死になって否定した。しかし、  「…そうなの?」 と、幸子は疑いの目を玉珠に向けた。幸子の後ろでは景子が同じ目をしていた。その目線 を受けて立つかのように、玉珠は  「いいえ。二人っきりで一晩過ごしました…」 とわざとらしく言って、驚いた三人に対して、  「…と言うのは、冗談ですが…藤次郎…いえ、萩原さんに家に帰るように言われまして、 帰りました」 と笑って言った。  「…いくら仲が良くても、徹夜仕事まで付き合うことはないのよ…」 と言って、幸子は上司としての安堵のため息をつき、景子は「つまんない」と言ったため 息を漏らした。  その日は定時まで藤次郎は作業して帰宅した。それからしばらくして少し残業した玉珠 が藤次郎のアパートに様子を見に訪れると、藤次郎は畳の上に着のみ着たままでクッショ ンを枕に高いびきをかいていた。  「あらあら…」 と呆れながらも、玉珠は藤次郎を起こして寝ぼけている藤次郎を着替えさせ、布団を敷い て寝かせた。  …翌日。  作業している玉珠に対して、コーヒーを渡しながら、  「昨日の晩、不思議なことがあってさ」  「なに?」  作業を中断して藤次郎の方に向き直った玉珠に対して、藤次郎は頭をかきながら  「昨日定時で帰って、あまりに眠いからクッションを枕にしてそのまま寝ちまったんだ」  玉珠は分かっていたが、わざと知らないふりをして、  「…で?」  「今朝起きたら、寝間着に着替えて布団で寝ていた…着替えた覚えないんだよなぁ…」 と藤次郎が言ったところで、玉珠は呆れて  「夕べわたしが行ったのを覚えてないの?」  「き、来たの?」 と驚く藤次郎に対して、  「うん。着替えないで寝ていたから、わたしがあなたを起こして着替えさせて布団に寝 かせたのよ」  「…そう言えば、お玉の声を聞いた覚えが…そうか。お玉が…いや、ありがとう」  「いえいえ、どういたしまして」  玉珠は呆れて笑い、藤次郎は苦笑いをした。 藤次郎正秀